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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和35年(う)304号 判決

被告人 南定一

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人の控訴趣意について。

所論は原判決の事実誤認を主張し、とくに、原判示事実第一において、仮りに、被告人に原判示の如く、Aに対し接吻を求め、或は同女の陰部をスカートの上から撫でる行為があつたとしても、右は未だ刑法第百七十六条にいわゆる「猥せつの行為」に該らない。また、原判示事実第二において、仮りに、被告人に原判示の如く、自己の陰茎を広野博一の肛門にあてる行為があつたとしても、右は刑法第百七十四条に触れるならば格別、同法第百七十六条には該らないというのである。

よつて、記録並びに原審及び当審において取り調べた各証拠に基づき所論を考察するに、原判決挙示の対応証拠並びに当審における事実取調の結果、とくに、受命裁判官の検証調書及び証人Aに対する尋問調書を綜合すると、原判示第一の事実は、被告人が当日午後二時頃原判示飲食店「白樺」ことA方において飲酒中、同女に強いて接吻しようと考え、同店内のカウンターの内側に入り、矢庭に同女の背後から抱きつき同女に接吻しようとして拒否されるや、手拳で同女の右背部を二回位殴打し、さらに、同店北側四畳半の間入口に被告人を避けて腰掛けた同女の膝に馬乗りとなつて抱きつき、片手でその陰部をスカートの上から強く押し撫で、その際前記暴行により同女に原判示の如き傷害を与えたという事案であることが明らかであるから、進んで右事案の内容を前後の事情を考慮しつつ、さらに仔細に検討してみると、被告人は原判示飲食店「白樺」には昭和三十四年春頃に一回と、本件の数日前に一回立ち寄つたことがあるだけであり、二回目に行つた際、Aにレコード二枚とバナナ三本を買つてやつた事実はあるが、別に、従来から同女と親しく交際し、夫婦約束をしたり、或は馴染の間柄にあつたものではないこと、右Aは三年程前に夫を交通事故で失なつてからは一男二女を抱え、原判示飲食店「白樺」を経営して生活してきたが、その間とくに親しく世話を受けていた男性はなく、また、未亡人になつてからは一層酔客に身体を触れられることを嫌い、これを避けてきたこと、本件の数日前に被告人が同店に来た際、同女に接吻を求め、拒まれるや同女の上唇をかんで警察沙汰になつたこともあつたので、本件当日は他に人なく同女においても、とくに警戒し、被告人が同店内のカウンターの内側に入るのを極力拒んだという経緯があつたこと、本件当日同女は半袖のブラウスにスカートを着用し、時節柄薄着であつたため、被告人に陰部を強く押し撫でられたときは相当痛く感じたことがそれぞれ認められるのである。ところで、刑法第百七十六条にいわゆる「猥せつ」とは徒らに性欲を興奮又は刺戟せしめ、且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反することをいうものと解すべきところ、前段認定の如く、被告人の所為たるや、単なる飲食店の経営者と客という間柄にすぎない原判示Aに対し、白昼他に客の居ないのを奇貨としていきなり背後から抱きつき同女に接吻しようとしたもので、前段認定の諸事実からも明らかな如く、同女がこれを承諾すべきことを予期しうる事情は少しもないのに、専ら自己の性的満足を得る目的で相手方の感情を無視し、暴力を用いて強いて接吻を求めたものであるから、かような情況の下になされる接吻は、親子、兄妹、或は相思相愛の者同志が愛情の発露や友情としてなされる場合と異なり、一般人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念の許容しないところというべきであり、さらに、原判示の如く、被告人が同女の膝に馬乗りとなつて抱きつき、その陰部をスカートの上から強く押し撫でた行為も、前段認定の情況の下においては、単なる酔客の悪ふざけと見られる程度のものと同視することはできないから、結局被告人の右一連の行為は刑法第百七十六条にいわゆる「猥せつの行為」に該ることは叙上の説明により明白といわなければならない。従つて原判決が叙上第一の事実を認定し刑法第百七十六条第百八十一条を適用したのは正当であり、この点に関する所論は採用できない。また、原判示第二の事実は原判決挙示の対応証拠により優にこれを肯認できるところであつて、被告人の判示第二の所為が刑法第百七十六条にいわゆる猥せつの行為に該ることも前段説示にてらし明らかであるから、原判決が判示第二の事実を認定し刑法第百七十六条第百八十一条を適用したのは正当であり、結局論旨は理由がない。

(裁判官 山田義盛 辻三雄 内藤丈夫)

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